「幼にして肯(あえ)て長(ちょう)に事(つか)えず」この言葉の意味は、年長者に対して敬うことを知らないことの不幸を指しています。現実生活に満足しきった怠惰な心からは、「敬」の気持ちは生まれてきません。親や御先祖に対して尊敬の念がないというのは、結局、自分が一番偉いと考えているにほかなりません。立派な大人の姿を見、それを手本にいつも進歩していこう、また向上していこうという気持ちがあってはじめて、「敬」の心が生まれてきます。《より高いもの、貴いものを求めていこうという気持ち》こそ、「敬」の心の原動力なのです。